柔道から学んだ『人を活かす法・治す技術』の神髄―なぜ創健堂は早期改善にこだわるのか

文責 柔道整復師 登録販売者 柔道整復 創健堂 院長 榊原孝文  

柔道整復師の「ルーツ」

柔道整復師のルーツを辿ると、遥か戦国時代にまで遡ります。

 

当時の合戦では、相手を倒す技術である「殺法(さっぽう)」が駆使されていました。しかし、激しい戦いの中では武器による負傷だけでなく、落馬による骨折や脱臼、打ち身に見舞われる兵士も数多く存在しました。

 

そこで重要視されたのが、自軍の兵士をいち早く回復させ、再び戦場へと復帰させるための技術です。この「治すための技術」を担っていたのが「金創医(きんそうい)」と呼ばれる人々であり、彼らが行っていた施術こそが、現代の柔道整復師の源流といえます。


門外不出だった金創医の技術と知識「活法」

金創医が持つ技術と知識は、自軍の戦力を維持するための極めて重要な機密であり、かつては「一子相伝」として限られた者のみが体得できる門外不出の類のものでした。

 

その内容は多岐にわたり、骨折して曲がった骨を真っ直ぐに整復し、板や枝、時には武具を代用して固定し、驚異的な速さでの回復を図ったといいます。

 

また、切り傷に対しては止血を行い、化膿を防ぐための薬草を独自に配合して手当てに用いるなど、まさに戦場における救急医療の最前線でした。

 

こうした「人を殺める技術」の裏側で、傷ついた人を再び生かすために磨かれた知恵こそが、現在に伝わる「活法(かっぽう)」の原点なのです。


武術における「殺法」と「活法」

多くの武術流派において、人を倒す技術である「殺法(さっぽう)」を学ぶ者は、同時にその裏返しである蘇生・治療の技術「活法(かっぽう)」を学ぶことが不可欠とされてきました。

 

 

柔道の原型である柔術は、相手と組み合う接近戦を想定した戦術です。単に命を奪うことよりも、骨折させたり関節を外したり(脱臼)することで敵を戦闘不能にする技法が極めて高度に発達しました。

 

しかし、そこで終わるのではなく、「壊す方法を知っているからこそ、直し方も熟知している」こと。この両輪を体得して初めて、武術の真の達人として認められたのです。


戦国時代の施術から泰平の時代へ

戦が頻繁に行われた時代には多くの柔術流派が隆盛を極めましたが、江戸時代の泰平の世になると、武術そのものは次第にその姿を変えていきました。

 

そこで生活の糧を求める武術家たちが、かつての戦場で培った「活法」の知識を使い、身体の不調に苦しむ庶民へ施術を行うようになったのです。

 

また、藩の取り潰しなどで浪人となった武士の中にも、身につけていた医学的知識を活かして地域の人々を救い、生計を立てる者が数多く現れました。

 

 

このように、かつては一子相伝の秘技であった技術や知識が、時代の変化とともに民間に浸透し、現代の「柔道整復」の土台として脈々と受け継がれてきたのです。


柔道を確立した嘉納治五郎師範と「活法」

明治維新後の日本は文明開化の真っ只中にあり、古くからの柔術は「古臭いもの」として衰退の一途を辿っていました。

 

この苦境の時代に、諸流派をまとめ上げたのが嘉納治五郎師範です。嘉納師範は天神真陽流や起倒流などの長所を科学的に整理・統合し、単なる武勇を競う「術」から、人間形成を目指す「道」へと昇華させました。これが現代に続く「柔道」の始まりです。

 

嘉納師範が柔道の真髄として掲げた言葉が「精力善用・自他共栄」です。この精神は実技においても徹底されており、稽古中に怪我をした者に対し、適切な処置を施していち早く回復させる「活法」を非常に重視されました。

 

実際に講道館では、門下生にこれらの施術方法を学ばせ、実践させていました。この講道館で受け継がれ、磨かれた技術こそが、現在の国家資格である「柔道整復術」の直接的な基盤となっているのです。


私と柔道 ―「自他共栄」と「精力善用」を胸に

私が柔道の道を歩み始めたのは中学1年生の時でした。受け身の練習から始まり、新しい技を習得する喜び、そして試合に勝つことを目標に、高校・大学・社会人と日々汗を流してきました。

 

自らが選手として畳に立ち、また後輩や子供たちを指導する立場になっても、私の意識の多くは「勝つための柔道」に向いていました。

 

しかし、私が柔道整復師という人生の歩みを選んだ背景には、忘れられない経験があります。それは、自分自身が膝の靭帯損傷や、腰痛、肩の痛みなど、度重なるケガに見舞われ、思うように柔道ができない苦しみを知ったことでした。

 

痛みで畳に立てない悔しさ、焦り……。その経験がきっかけとなり、「自分と同じように不調で苦しむ人をケアし、その方の人生の活躍を支えたい」という強い願いが芽生えたのです。

 

 

この「人の役に立ちたい」と願う心は、嘉納師範が掲げた「自他共栄(じたきょうえい)」の精神そのものです。

 

また、誰かを支えるためには、自分自身の能力を絶えず磨き、最大限に発揮しなければなりません。患者様のために飽くなき知識の習得と技術の研鑽を続けることは、私にとってまさに「精力善用(せいりょくぜんよう)」の体現であると信じています。


求められることに応える

柔道整復 創健堂に来院される患者さんの多くが、色々試したけれどよくならない。何とかしたいと悩んで来院されます。

 

その多くのケースにおいて、症状だけをみて、痛みのあるところに原因があるかのような治療や施術を受けており、原因に目を向けられていなかったようです。

 

原因を取り除くことが早期改善を果たすために不可欠なことです。

 

私が日々行う施術は、困った方々に元通りの元気を取り戻してもらって、活躍してもらうための「活法」だと信じています。

 

 

これが柔道整復 創健堂の使命だと考えています。


武道における「活法」の継承と未来

現在、私は一般社団法人全日本総合武道連盟の代表理事を務めています。この連盟は、流派や種目の垣根を越え、異なる武道家たちが互いの良い所を学び合い、知恵を分かち合う機会を提供しています。

 

私はその活動を通じ、それぞれの武道が守り伝えてきた「活法」というテーマから、現代における一つの解を導き出したいと考えています。

 

武道とは、人が生涯をかけて歩む「道」そのものです。それは単なる自己研鑽に留まらず、後輩や門下生たちに「いかに生きるか」という道の歩き方を説き、導くことでもあります。いわば、人の生き方の根幹に関わることなのです。

 

だからこそ、指導する側も、そしてその背中を追う者たちも、いつまでもその道を歩き続けられるだけの健やかな心身を保たねばなりません。かつて戦場で生まれた「活法」の精神を、現代の「生涯、自らの足で道を歩み続けるための力」へと昇華させ、次世代へ繋いでいくこと。

 

 

私は、この道を歩むすべての方々の健康に、これからもお役に立ちたいと心から願っています。


柔道整復 創健堂の施術内容と特徴・実績

京都市上京区にある柔道整復 創健堂では、まず丁寧なカウンセリングと検査を行い、痛みの原因を見極めます。

「なぜ痛みが出ているのか」「なぜ良くならなかったのか」に焦点を当て、身体全体のバランスを整えていくことを大切にしています。

 

背骨や骨盤の歪みをやさしく整えるソフトな矯正

 強い刺激やボキボキする施術は行いません。

 

筋肉や関節の状態に応じた丁寧なアプローチ

 硬くなった筋肉を無理なく緩めて動きを回復。

 

身体全体を診る施術

 局所だけではなく、腰や背中、膝など関連する部位とのつながりも確認します。

 

「長年悩んだ股関節の痛みが軽くなった」

「歩くのが楽になって散歩が再開できた」

「手術しかないと思っていたけど、日常生活が快適になった」

といったお声を多くいただいています。

 

「もう歳だから…」とあきらめる前に、まずは一度ご相談ください。


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創健堂が患者様と共にめざすのは...

痛みを取るだけでなく 「痛みを繰り返しにくい、しなやかな身体づくり」

そして、もう一度「やりたかったこと」に思いきり取り組める身体をつくることです。

 

どこへ行っても良くならない身体の痛みでお悩みでしたら、ぜひ一度、創健堂にご相談ください。

 

あなたの身体と、もう一度しっかり向き合うお手伝いをいたします。


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当院は日曜日・祝日も施術をおこなっています。

柔道整復 創健堂

602-8306

京都府京都市上京区千本通寺之内下ル西五辻北町457

 

京都市上京区 千本通寺之内交差点南側

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